日露戦争勃発の原因と勝因!あなたの為に丁寧に解説

今更ですが皆さんは日露戦争が

起こってしまった原因をご存知でしょうか。

 

歴史で習った授業も

今となっては全く覚えてないですよね^^;

 

今回は復習も兼ねて、

なぜ日露戦争が起きてしまったのか、

そして日本が勝つのですが、その勝因は何だったのか。

 

今回は日露戦争についてまとめてみましたので

是非ご覧ください。

日露戦争が起きた原因

日露戦争が起こった原因は、

1984年の日清戦争に勝利した日本は下関条約を結び、

賠償金と土地を譲り受けました。

ここからが始まりです。

 

その中に遼東半島という場所がありました。

 

ロシアは満州占拠後朝鮮半島に進出することも狙っていたため、

日本に遼東半島をとられるのを快く思っていませんでした。

 

そしてロシアはドイツとフランスを誘って、

遼東半島を清に返すように強く要求してきました。

 

日本は軍事力ではとうてい対抗できない為、

やむを得ず、その要求通り遼東半島を清に返すことにしました。

 

これを三国干渉といいます。

 

その後ロシアは、遼東半島に陸軍と艦隊を配備し、

朝鮮及び日本に圧力をかけてきました。

 

そんな中清で義和団という宗教団体が立ち上がり、

中国から外国の勢力を追い払おうという運動が始まりました。

これを義和団事件といいます。

 

1900年には、西太后も正式に義和団を支持することが決まり、

清は日本・ロシアを含む8か国に宣戦布告をしました。

 

8か国は共同出兵し鎮圧清は敗北し、

結局これまでよりさらに過酷な条件の北京議定書を受け入れました。

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そしてロシアは部隊を増強し満州を実質占拠。

さらに南下政策を推し進めようとしていました。

 

満州の南には朝鮮、韓国、日本・・・。

 

危険を感じた日本は、

イギリスと手を組むかロシアと協定を結ぶべきか国論が分かれましたが、

イギリスと同盟を組む方がいいと判断し1902年日英同盟を締結しました。

 

それでもロシアの南下政策が続行され、

ロシアの動きを危険と判断した日本は

ついにロシアとの戦争を決意したのです。

 

これが日露戦争が起きてしまった

原因と言われています。

日露戦争に勝てた理由

なぜ大敵のロシアに勝てたかというと、

明治の日本には優秀は人物がたくさんいて

当時世界最強といわれた「バルチック艦隊」に勝利したことが

大きな勝因と言われています。

 

児玉源太郎と言う人物がいて、

そして児玉源太郎は日露戦争の

最大の功労者と言われています。

 

そして児玉源太郎は判断力と洞察力がかなり優れていて、

彼がいなければ勝てなかったとも言われているほどです。

 

他に主だった人物は

秋山真之、東郷平八郎、赤石元二郎等です。

 

日露戦争の勝因は

彼らのような優秀な人物がいたからこそ勝利したと言われています。

 

ロシアのような強敵に勝てたのも

時の運とでも言うのでしょうかね。

 

このような人物たちが集まったことは

非常に幸運でした。

 

まあ運も実力ということですかね^^;

 

これらを踏まえて

コチラの動画でさらに

記憶していってください。

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